2013/09/07

どちらも存在する世界

自分の適性を伸ばして、自分らしく生きる、という決意を新たにした今日この頃。皆様、いかがお過ごしですか?

忙しい世の中です。秒単位で株価は変わり、分単位で仕事を仕上げ、終わったら子どもを迎えにいく、別の会議に参加する、あるいは取引先へ出かけるという、一日が沢山のスケジュールで埋まっている人はたくさんいます。

忙しいのが格好よい、と感じている人もいるかもしれません。忙しい=充実している証拠、という信念。でも、スケジュールには他のだれでもなく、どうしてもどうしても、貴方でなければならない予定、というのはどれだけあるでしょうか。自分でなければ無理!と思っていることは、周囲の人も同じように感じてくれているでしょうか。意外と、そうではない行事が目白押しだったりしませんか?


稲がすくすく育っています
と、ここで呑気な田舎の風景を挿入してみたりして(笑)ちなみに、日本の食料自給率は田舎に頼っているわけですが、いまだ40%を切っています。(http://www.maff.go.jp/j/zyukyu/zikyu_ritu/012.html


私は東京に25年住んでいて、東京が自分に一番合っていると思っていました、ある時までは。

突然、「自分にはスペース(時間、部屋の広さ、環境、心、精神など全てにおいて)がもっと必要だ!」と強く感じたのは、BBSHの3年生になる夏でした。

それから、3年が経ちました。

私が田舎生活を通して学んだことは、「全細胞で、自分と異なるものを認めて、受け止める」ということ。自分の価値とは異なるモノ、人、やり方、順序、スピードなど、ありとあらゆる違いを認めて「こういうのもアリだな。」と素直に思える心の余裕です。

白も黒も。酸いも甘いも。愛も憎しみも。人生には常に異なる両者が存在して、それらはどちらも存在価値があって、人はそれらを同時に抱えて生きていけるということです。

この両方の価値を同時に抱えるというのは、時に苦悩に変わります。

便利な生活はほしいけど、原子力発電所はちょっと・・・とか。
大きくて立派な家に住んではいるけれど、家族との関係はあまり…とか。

何が便利なのか。何が幸せなのか。今の時代につきつめると、結局、「人間関係」なのではないかな、と感じています。人との関係、つながり、そして震災以降よく出てきた絆という言葉。SNSは便利だけれど、実際に人と会って話をするのとは全く別のコミュニケーションです。

どちらかだけではなく、どちらも活用する。そういう柔軟な態度で人生に臨みたいものです。